浦和地方裁判所川越支部 平成4年(ワ)122号 判決 1998年11月19日
千葉県茂原市六ツ野三九八七-五
原告
清水弘治
右訴訟代理人弁護士
仲田晋
同
島田修一
同
石川順子
滋賀県東浅井郡浅井町大字野瀬六三五番地
被告
株式会社山正
右代表者代表取締役
押谷幸治郎
東京都港区南麻布三丁目一一番四〇号
被告
小泉義国
右両名訴訟代理人弁護士
角藤和久
同
斎藤浩二
右当事者間の損害賠償等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立て)
原告訴訟代理人は、「一 被告株式会社山正は、無孔不燃焼台座付固形もぐさ(商品名「つぼきゅう禅」)を製造販売してはならない。二 被告らは原告に対し連帯して金二一二〇万六八五一円及びこれに対する平成九年五月三〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求めた。
被告ら訴訟代理人は、請求棄却の判決を求めた。
(当事者双方の主張)
一 原告の請求原因
1 当事者
原告は、昭和六二年ころから、固形もぐさを使用した商品名「ピラミッドパワー」という名称の間接灸を製造・販売しているものである。
被告株式会社山正(以下「被告会社」という。)は、もぐさ等の製造販売を行っている会社であり、平成二年七月前後から、「つぼきゅう禅」という名称の間接灸を販売しているものである。
被告小泉義国(以下「被告小泉」という。)は、被告会社の東京営業所長の地位にあるものである。
2 保護されるべき原告の権利・利益
(一) 「ピラミッドパワー」の特徴は、灸を固形もぐさで製造したうえ、二枚重ねの無孔台座に付着させ、同台座を皮膚に置いて施灸するというものであるが、その効能は、皮膚に灸の跡形が残らず、火傷を防止でき、温熱効果を高めるというものであり、二枚台座であり無孔台座という間接灸は「ピラミッドパワー」が最初であった。
原告は、「ピラミッドパワー」には、火傷に至らない程度の温熱を長時間与えることによって、温熱を体内に拡散・浸透させ、また、精神的安心感も与えることによって、治療の効果を高める目的のため、次の工夫を施した。すなわち、(1)もぐさについては、水を混ぜた上、糊やでんぷんで固形化し、もぐさの散乱防止を図るほか、もぐさの燃焼温度を従来の柔らかいもぐさより高温の約五〇〇度にして遠赤外線を放射させ、かつ、もぐさの量を多くして燃焼時間を従来より長い二〇分前後にして温熱を十分に体内に浸透・拡散させるという工夫をした。(2)台座については、燃焼温度の高さを維持して施灸の効果を図りつつ、体内に浸透しやすい摂氏約五八度の熱が伝導するようにし、併せて火傷を防止するために、台座を穴の空いていない無孔のものとし、その大きさも二二ミリ四方くらいに拡大し、逆に厚みは三ミリ程度にした。台座の数も、一枚では遠赤外線五八度の熱伝導となり、二枚では弱刺激の低い温度で効果を得られるが、三枚では遠赤外線が体内に浸透しないことから、二枚の台座を添付することとした。
(二) このような「ピラミッドパワー」の特徴は、原告が自分を人体実験の対象とし、また、科学者に体内での温度変化に関する実験を求める等、試行錯誤を重ねた末、従来にない製品を完成したもので、その製法は、<1>型を作る、<2>型押し作業(固形もぐさを詰め込む)、<3>電子レンジもしくは天日乾しで固める、<4>台座に貼り付けるという手順で行うもので、右製造技術は、原告と母親の二人のみが知るところであった。
(三) 原告は、昭和六二年までにこのような「ピラミッドパワー」の特徴を生かした鍼灸用もぐさの実用新案登録を受け(昭和六三年実用新案出願公告第三二一〇八号、平成三年実用新案出願公告第一六六六八号)、平成二年一〇月には特許出願まで行なっている(平成四年特許出願公開第一五〇八五九号)ので、原告の利益は実用新案権として保護さるべきものである。
また、「ピラミッドパワー」の製造技術は、原告が開発した営業秘密であり、不正競争防止法(平成二年法律第六六号、平成五年法律第四七六号)により保護さるべきである。
さらに、このような従来の灸にない工夫は、温灸の性能や利便性を向上させるアイデアの創造が単に利潤追求を目的とするものでなく、人の健康に資する温灸を普及させることによって人類に貢献したいという願いの発露でもあることから、人格権として保護されるべきものである。
3 被告らの侵害行為
(一) 被告会社の「ピラミッドパワー」に関する情報の取得
被告会社は、平成元年四月、原告に対し、「ピラミッドパワー」を卸値での買受の申し込みをし、「ピラミッドパワー」一〇個を七五〇〇円で購入した。
(二) 被告小泉の「ピラミッドパワー」に関する情報の取得
被告小泉は、平成元年一一月三日ころ、原告を訪問し、「ピラミッドパワー」の治療を受け、療術師認定証の交付も受けたいと申し出たので、原告は、それに応えて施灸するとともに、認定証交付に必要な講習を行ったうえ、療術師認定証を交付した。引き続き、被告小泉は、同年一二月二六日ころまでに、繰り返し原告に会って、「ピラミッドパワー」は大変素晴らしいから相当売れるなどと持ち上げ、一流メーカーと提携した全国販売活動を提案し、量産するためには一流メーカーに「ピラミッドパワー」の製造方法を教える必要があり、そのためには、まず自分に教えて欲しいといい、そのころ、原告及び原告の母から、「ピラミッドパワー」の製造技術、具体的には、固形もぐさの製造方法(もぐさの量、もぐさを糊で固める際の水加減、もぐさを固める乾燥時間など)、台座の製造方法(材質、厚さなど)、固形もぐさの台座への接着方法などをはじめ、温度変化表に基づく熱変化と熱の浸透具合などを教えてもらい、燃焼温度変化表が折り込まれた使用説明書の交付を受け、情報を入手した。
しかし、被告小泉が同年一二月二六日、送付してきた具体的計画案には、全国展開する際の商品名は「ピラミッドパワー」ではなく、仮称「Z」という別の商品名で販売することが条件とされており、原告は、別の商品名で販売することに難色を示したが、被告小泉が仮称「Z」に固執するため、被告小泉の計画への参加を断ることとした。
(三) 類似商品「つぼきゅう禅」の製造・販売
被告会社が製造販売する「つぼきゅう禅」の特徴は、台座が無孔であること、台座を二枚使っていること、台座の表面は不燃焼性の金属で超伝導シートを使っていること、もぐさの粉末を固めていることなどから、構造、用法、効能とも、「ピラミッドパワー」の前記特徴と極めて類似しているものであった。
(四) 被告らの共謀
被告らは、平成元年一〇月直前ころに、被告会社代表者及び被告小泉が共謀の上、原告を欺罔して「ピラミッドパワー」の製造等に係るノウハウを取得しようとし、これを実行して、原告が保有する営業秘密である「ピラミッドパワー」の製造技術を不正取得し、これを使用して、「ピラミッドパワー」を真似た商品である「つぼきゅう禅」を製造販売したものである。
(五) 小括
したがって、被告らは、「営業秘密」を不正手段で取得したものであり、かつ、被告らの行為は共同不法行為にあたるから、不正競争防止法(平成二年法律第六六号一条三項一号、平成五年法律第四七号二条一項四号)及び民法に基づき、原告に生じた損害を賠償すべきものである。
4 原告の損害
原告は、「つぼきゅう禅」の販売開始までは、「ピラミッドパワー」の製造・販売により、一か月平均約五九万九四三四円の利益を上げてきたが、被告会社が、平成二年六月三〇日ころから、原告のそれをはるかに上回る販売網を駆使して、「ピラミッドパワー」の半額以下の廉価で、「つぼきゅう禅」の販売を開始したことにより、「ピラミッドパワー」の注文が途絶えてしまい、「ピラミッドパワー」販売による利益を失った。
被告会社の売上高から経費を差し引いた額が原告の損害と推定されるべきところ、被告会社の「つぼきゅう禅」の売上高は、平成二年が三六二万五〇〇七円、平成三年が三五一万九八〇五円、平成四年が一二四八万二四六〇円、平成五年が六六九万六七五九円、平成六年が一〇一三万七九八七円、平成七年が七九一万八〇五七円、平成八年が八六三万七〇五三円であり、右合計五三〇一万七一二八円の六割相当の経費を差し引いた金二一二〇万六八五一円が原告の損害に当たる。
5 結論
よって、原告は、被告両名に対し、不正競争防止法または不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して金二一二〇万六八五一円及びこれに対する右金額の損害賠償の請求をした日の翌日である平成九年五月三〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、被告会社に対し、不正競争防止法、不法行為または人格権を根拠に「つぼきゅう禅」の製造・販売の差止めを求める。
二 原告の請求原因に対する被告らの答弁
1 請求原因1のうち、第一文(原告に関する部分)は知らない。第二文(被告会社に関する部分)は認める。第三文(被告小泉に関する部分)は否認する。
2 請求原因2のうち、(一)、(二)の事実は知らない。(三)は否認もしくは争う。原告の受けている実用新案登録は本件と無関係である。また、原告主張の不正競争防止法は、その施行時期からして、本件については適用はなく、かつ、原告主張のピラミッドパワーの製法について、営業秘密に該当するものは存しない。
3 同3のうち、(一)の事実は認める。(二)の事実は否認する。被告小泉は、「ピラミッドパワー」の販売方法に関心を持ったが、製法そのものに関心はなく、「ピラミッドパワー」の製造方法について、何ら教授されていない。(三)の事実のうち、被告会社が「つぼきゅう禅」を販売している事実については認め、「つぼきゅう禅」が「ピラミッドパワー」と類似しているという事実は否認する。「つぼきゅう禅」そのものは、もぐさが大変大きく固形であり、また、二重構造の下のシート部分にセラミックシートを使っているなど、「ピラミッドパワー」と明らかに異なる特徴をもっている。(四)の事実は否認し、その主張は争う。(五)は争う。
4 同4の事実中、被告会社の「つぼきゅう禅」の売上高については認め、その余は否認する。「ピラミッドパワー」の売上げは「つぼきゅう禅」が販売されるはるか以前からほとんどゼロになっており、「つぼきゅう禅」の販売と「ピラミッドパワー」の売り上げの減少との間には、何らの因果関係もない。
(証拠関係)
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
一 被告会社が、もぐさ等の製造販売を行っている会社であり、平成二年七月前後から、「つぼきゅう禅」という名称の間接灸を販売していること、被告会社が、平成元年四月、原告に対し、「ピラミッドパワー」を卸値での買受の申し込みをし、「ピラミッドパワー」一〇個を七五〇〇円で購入したことは、当事者間に争いがなく、右事実に、甲第一ないし第四、第六ないし第八号証、第九号証の一、二、第一〇、第一二、第一三、第二六、第二八、第三〇、第三二、第四〇ないし第四二号証、乙第一、第四ないし第六号証、第七号証の一、二、第八、第九号証、第一一号証の一ないし四、第一三ないし第一五、第二〇、第二四ないし第二九、第三三ないし第三五、第三七号証、検甲第一号証、検乙第一ないし第四号証、証人押谷幸治郎の証言、原告(第一、第二回)及び被告小泉(第一、第二回)各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果及び甲第三〇号証のうち、この認定に反する部分は、前掲その余の証拠に照らし、たやすく信用することができず、他に、この認定を覆すに足る証拠はない。
1 原告は、昭和五二年に鍼灸師の免許を取得し、昭和五六年に埼玉県入間郡三芳町にあった自宅で、鍼灸院を開業して以来、昭和六三年ころまでに、神奈川県川崎市、埼玉県秩父郡吉田町、埼玉県川越市において、鍼灸を用いた治療院を開業した。原告は、この間、使用をしても火傷したり痕跡を残したりしない灸の開発の研究を続け、昭和六〇年ころから固形もぐさを用いた間接灸「ピラミッドパワー」を製造・販売し、前記治療院での鍼灸治療に使用していた。また、原告は、「ピラミッドパワー」の頒布のため、四万円程度を支払えば「ピラミッドパワー」の秘伝を伝授し、これを用いた療術師になれるなどとして宣伝広告を行っていた。
2 灸には、従来から、皮膚上でもぐさに火をつけて火傷を起こす有痕灸と、肌の上に生姜・ニンニクなどの薄片や味噌・塩などを置いて、その上にもぐさを据えたり(隔物施灸)、金属製の円筒の中で、もぐさを燃やし、円筒の先を皮膚に付けたりする無痕灸とが知られていたが、普通一般に行われるのは有痕灸の方であった。昭和五〇年ころから、「せんねん灸」という家庭で手軽にできる台座付の灸が発売されて、ヒット商品となり、被告会社においても、昭和五八年ころには、生姜やニンニクなどの代わりに調熱絆として紙を置くという工夫をした商品を、昭和六〇年ころには台座にボール紙を使用した商品を、昭和六三年四月に「セラミック灸」という無孔台座シートを使った商品を発売し、昭和六三年七月には人体に使用するものではないが、もぐさを固形化した商品(こけし観音灸)も発売していた。もっとも、被告会社は、「つぼきゅう禅」発売以前には、固形もぐさを用い、二枚の無孔台座を用いた灸を発売したことはなく、他社においても、そのような特徴をもつ商品は発売していなかった。
3 原告が製造・販売していた「ピラミッドパワー」の特徴は、表面に不燃性シートを使用したボール紙を主材料とする四角形の無孔台座を二枚用い、その一枚の上に円錐形ピラミッドの形に固められたもぐさ粉が乗せられている点にある。右特徴は、原告が、灸をしても火傷をしたり痕跡を残したりせず、それでいてもぐさを直接皮膚に当てて燃焼させる灸と同じ効能を得るということを目的として、取り入れたものであり、もぐさの量、台座の大きさ(二二ミリ四方)、厚さ(三ミリ)についても、試行錯誤と経験を重ね、もぐさの燃焼時間を維持し、最も適切な温熱を体内に浸透・拡散させるのに適当と考えた数値を採用して商品化したものであった。
4 「ピラミッドパワー」の製造方法は、もぐさについては、もぐさの粉を水で溶かし、事務用の糊等で固形化し、天日や電子レンジで乾燥させておき、二枚用いる台座については、中央にボール紙様の材料を用いた伝導シートを挾んで、上方にはアルミニウム製の不燃性シートを貼り、下方には粘着剤を塗り、剥離紙を貼って作成し、このうち一枚に固形化した前記もぐさを据えて完成させるという方法であり、右製造には、原告及び原告の母が従事していた。
5 原告は、昭和六三年実用新案出願公告第三二一〇八号、平成三年実用新案出願公告第一六六六八号を得ているが、前者は、よもぎの粉を主体とする燃焼体とでんぷん質の接着剤とから成るもぐさ体の外周にアルミホイルその他より成る燃焼制御部材を巻回した鍼灸用もぐさであり、後者は、薄片状の基材上に適量のもぐさを固定し、このもぐさから離れて囲む容器状の灰収容体付きのもぐさである。また、原告は、昭和五九年には、施灸台を用いずにもぐさを皮膚に固定するための考案を同年実用新案登録願第一四六八二〇号として申請していたが、これは、既存の実用新案出願公告などに基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたものと認められるという理由で拒絶されている。さらに、原告は、平成二年一〇月には「ピラミッドパワー」に関し、発明の名称を無痕灸用台座及び無痕灸具として特許出願(平成四年特許出願公開第一五〇八五九号)を行っているが、未だ登録はされていない。
6 被告小泉は、肺結核の既往症があるため、従前より灸に興味を持ち続けていたが、平成元年一〇月ころ、原告が出した「ピラミッドパワー」に関する療術師の免許がとれる旨の広告を見て興味を持ち、同年一一月三日、川越市の原告治療院を訪問し、療術師の免許を取りたい旨申し出て、原告から、「ピラミッドパワー」を使用した灸をしてもらうとともに、使用方法の説明を受け、療術師の認定証及び「ピラミッドパワー」の使用法を図解した「宗家秘伝」と題する書物を受領した。
7 被告小泉は、「ピラミッドパワー」の内容を知って、ますます関心を抱き、大量生産によりコストダウンをして販売すれば大きな利益が得られると考え、原告に書簡を送ったり、訪問を重ねるなどして原告と親密になり、同年一二月二六日ころには、ファクシミリ送信により、原告に対し、「ピラミッドパワー」の販売について、コンサルタント契約を締結したい旨申し入れるとともに、平成二年七月以後は温灸の売上げ増を目的とし、一流メーカーとのタイアップにより下請生産をさせ、一〇〇個を一単位とした仮称を「Z」とする商品を九月より流通ルートに乗せる旨の販売計画を提案した。
8 被告小泉は、平成二年一月一〇日ころ、原告から、療術師を養成する学院を作るので、副会長に被告小泉を推薦するから、一〇〇万円出資しないかと持ちかけられたが、知人の鍼灸師等の意見を聞いたところ、原告が発行する認定証を用いて鍼灸治療を行うことは法律に違反する旨の回答を得たことや、原告の企画内容が、従前は四万円で認定証を発行していたのに、授業料として三八万円を徴収するというものになっていたこと、原告の言辞から原告が特許権や実用新案権を取得していないと感じたことなどに抵抗、不安を感じ、同月二〇日ころ、原告の申し出を断り、同年二月三日ころを最後に、原告との音信は途絶えた。
9 被告会社は、平成二年四月ころ、セラミック製の灸点紙を注文するなどして「つぼきゅう禅」の量産体制に入り、同年六月上旬に開かれた鍼灸師の学会で商品の宣伝を行い、同年七月ないし八月ころには、一般消費者向けにも広告をして、販売を開始した。「つぼきゅう禅」は、ボール紙を主材料に含む無孔の台座を二枚使用するものであること、もぐさを乗せた台座の表面にアルミ箔を用いた不燃焼性のシートを使っていること、もぐさの粉末を固めていることなど、基本的構造において、「ピラミッドパワー」と類似点、共通点を有しているが、「ピラミッドパワー」との相違点としては、もぐさが「ピラミッドパワー」より大きく、球形状に固められていること、もぐさを置く台座が丸形であること、肌にあてる台座の上面は和紙であり、肌面には「アポロンシート」という名のセラミックシートを使用し、これによって遠赤外線を発することを宣伝文句としていることなどが挙げられる。
10 被告小泉は、平成二年五月二五日、被告会社の押谷幸治郎社長を訪問し、同月二九日には、被告会社から「つぼきゅう禅」のサンプルを購入して、東日本方面で「つぼきゅう禅」の販売を行うことの承諾を得て、平成二年七月ころから、埼玉県越谷市蒲生西町において被告会社東日本営業所との名称で、東京都港区南麻布に東京営業所との名称で、それぞれ新たに営業所を開設し、「つぼきゅう禅」を販売した。
二1 不正競争防止法に基づく請求について
原告は、被告らが共謀のうえ、被告小泉において、原告を欺罔して、営業秘密である「ピラミッドパワー」の製造技術を不正取得したものである旨主張するので、この点について検討する。
甲第三〇号証、原告本人尋問の結果中には、原告主張に沿う部分、すなわち、被告小泉に対し、「ピラミッドパワー」の製造現場を覗かせて、製造方法を全部教えた旨の部分がある。しかし、原告が被告小泉に伝授したという製造技法のうち、いかなる部分が営業秘密に該当するのかについては、原告の主張及び原告提出にかかる陳述書(甲三〇号証)、二回に及ぶ本人尋問において、次々と変転しているうえ、最後に行われた本人尋問においても、原告は、必ずしも明確でない供述を重ねた末、最終的には、台座の紙の厚さと大きさともぐさの量及びその相関関係が企業秘密であると供述するに至っているが、右は、商品である「ピラミッドパワー」を見れば解る事柄であり、秘密として管理されている有用な情報であるとは認めがたいうえ、「ピラミッドパワー」(検甲一)と「つぼきゅう禅」(検乙一)とを対比すると、もぐさの量と台座の厚さは、必ずしも一致するものでもなく、原告の供述する相関関係についての特徴が不正取得されて「つぼきゅう禅」に使用されているとも言い難い。そして、原告の供述が変遷しているのに対し、被告小泉は、一貫して原告から「ピラミッドパワー」の製造技術を伝授されたことはないと供述しており、右供述と対比すると、被告小泉に製造技法やノウハウを伝授したとの原告本人の供述の信用性にも、疑問を差し挟まざるを得ない。そうすると、結局、本件全証拠によっても、「ピラミッドパワー」を購入して商品内容を検討すれば、自ずから明らかになるような事実あるいは原告において刊行した書物を閲読すれば明らかになるような事実を超えて、被告小泉及び被告会社が、原告において秘密にしてきた製造技術、すなわち営業秘密を不正に取得し、これを使用して「つぼきゅう禅」を製造、販売したものと認めることはできない。
したがって、被告らによる営業秘密の不正取得を前提にした原告の不正競争防止法に基づく請求は理由がない。
2 不法行為及び人格権に基づく請求について
ところで、自由主義経済のもとでは、他者が製造販売している商品について、これを参考にして、長所等を取り入れて新たな商品を開発し、製造販売したとしても、これが特許権等法律で保護された無体財産権を侵害する場合は格別、そうでない場合には、直ちに不法行為になるものではなく、その経済活動が社会的相当性を有しておらず、自由競争の範囲を逸脱すると認められる場合に限り、違法性を有するものとして、不法行為が成立すると解するのが相当である。
本件においては、原告が取得している前記二つの実用新案権については、その考案の内容に照らし、つぼきゅう禅が右各権利を侵害するものでないことは明らかである。そして、被告会社が製造・販売する「つぼきゅう禅」は、台座が無孔であること、台座を二枚使っていること、もぐさを乗せる台座の表面に不燃焼性シートを使っていること、もぐさの粉末を固めていることにおいて、「ピラミッドパワー」と共通点、類似点を有しており、従前、右特徴を重ね持つ商品は市場に出ておらず、被告会社が「つぼきゅう禅」を発売する以前に「ピラミッドパワー」を購入していることからすると、被告会社が「つぼきゅう禅」の企画開発において、「ピラミッドパワー」を参考にして、その特徴を取り入れた疑いそのものは否定できないところである。しかしながら、右特徴は、一つ一つを取り出せば、被告会社をはじめ灸を製造販売する業者が従前から承知していた商品特性であって、これらを組み合せること自体は、原告が秘密にしていたと主張する製造技術、ノウハウを不正に取得しなくても、市場に販売されている「ピラミッドパワー」を取得して観察すれば、容易に了知しうる事柄であり、かつ、前記一9のとおり、「つぼきゅう禅」には、もぐさや台座の形状の違いや「アポロンシート」の使用等、ピラミッドパワーと異なる特徴、工夫等も施されていることに鑑みると、「つぼきゅう禅」と「ピラミッドパワー」の類似性・共通性から直ちに、被告会社の「つぼきゅう禅」製造・販売活動が原告に対する不法行為になると認めることはできない。
したがって、被告らの行為に違法性を認めることはできず、不法行為または人格権を根拠にする原告の請求も理由がない。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(平成一〇年一月二九日弁論終結)
(裁判官 朝日貴浩 裁判官 松岡幹生 裁判長裁判官宇佐見隆男は転補のため署名押印することができない。 裁判官 朝日貴浩)